築120余年の耐震改修のお宅が無事完成しました。昨年12月に清祓いをしてから約6ヶ月、ようやく建物のお引渡しを迎えることができ、ホッとしています。 壁や床を抜き、柱・梁の骨組みだけの状態からジャッキアップしてベタ基礎を打ち、すべての継ぎ手・仕口に金物補強を行いました。ワイヤーで柱を引っ張り、建て起しを行うのですが、そこは120余年の重み、風雪・地震に対して建物全体で持ちこたえてきた木のくせ・ねじれ・傾き・・・。そんなに簡単に直るものではありません。なんとか倒れている柱を直したものの、新たに耐力壁をつけワイヤーを外すと徐々に戻ってしまうこともありました。
砂漆喰壁、天井を仕上げ、古い建具を入れ、ようやく家らしくなりました。古い町家のほの暗い通り土間も味わいがありましたが、天窓からの光が漆喰壁を照らす明るい空間、大きな吹抜けによる風通しのよい開放的な住まいに生まれ変わりました。古い箱階段や水屋タンスには新たな居場所ができました。
お施主様も大変よろこんでくださってよかったと思います。長い間お待たせいたしました。あと少し、デッキ・塀を造って完成です。
塗ったワックスは、いつもお世話になっている尾鷲の小川さんの蜜蝋ワックスです。誰でも簡単に塗れるし後からのメンテナンスも簡単な、とても安心で便利なワックスです。 みんなで頑張って塗ったことをいつまでも忘れないで下さいね。
「木の椅子展 人気No.1は?」
板を削ると黄色いおが粉が出ます。
このキハダの皮は、乾燥させたものが“おうばく”(黄檗・黄柏)と呼ばれる漢方薬で、強い抗菌作用を持つらしい。主に健胃整腸剤として用いられ、陀羅尼助や百草などの薬に使われているとのこと。また強い苦味のため、眠気覚ましとしても用いられたといわれています。しかし、こんなに効用のある皮が工場に見当たらない! 親方、どこにやったんだい?
まだまだこれから赤ちゃんメダカは生まれます。可愛がって育てていただける里親募集!(ん?水槽代わりの火鉢の下に・・・そうなんです。実は少しずつもれちゃうんです。足し水をする毎日です。)
最近、本庄工業本社にくると〈目が充血する〉〈鼻がモゾモゾする〉〈くしゃみが止まらない〉など謎の現象が起きるという情報を聞きつけ調査を入れると・・・空気が赤い?いえ粉っぽい!・・・どうも先週から親方が加工している板が怪しい。 調査結果:正体はチーク(南洋材)。 今、磨いているチークはキッチンの対面カウンターテーブルの天板に使います。もともとチークという木材は、よく乾燥させると伸縮性が小さいので家具に向いているといわれており、耐久性・耐水性にも優れています。 それにしても今日までの2週間でテーブルの天板に使う、チーク・南洋桜などの銘木を9枚仕上げた親方は、作業中もくしゃみが止まりません。なのに親方はなぜかマスクをしない・・・?(新型インフルエンザが流行っているから入手困難なのか??)
本庄工業にお越しの方は、来週いっぱいはマスク着用でお願いします!
中は、見学の出入り口になっている薄暗いドマを入ると、一見よくある古い民家のようですが、やはりこの地方のかなり上の要人の行き来もあり、ゲンカンの間、ザシキの間、イリカワ(ザシキと坪庭の間の広縁)など建具、壁、天井、照明、欄間にはとても手の込んだ仕事のものがありました。イリカワの半アーチの天井、ゲンカンとザシキの「宿り木・ 雀」の彫刻の欄間、そして奥のコザシキ(居間)の地袋から隣のネマ〜2Fに逃げられる仕掛けなどいろんな見所ありました。田の字のシンプルな間取りと構造、そしてシンプルな妻入りの大きな屋根は、250年経ってもデザイン的にも本当に飽きがこない美しさがありました。美しい民家は本当に勉強になります。
翌日は大感動!の長野マラソンでしたが、つづきは本庄ニュースNo.56の巻頭をご覧下さい。
作業を終え、住み心地の感想を聞かせてもらいながら、コーヒーとお手製の苺のタルトまでいただきました。『一年住んでみて、マンションの時と比べると雨の日でもジメジメしなくて快適に過ごせている』とのお言葉。本当にありがたい!!! 私どもの財産になる話とおいしいタルトご馳走様でした!!!
涼しくなった時間帯にお散歩いかがでしょう。
↑写真の左は撮影前日、右が当日塗ったものですが、右の水分を含んだ艶やかな表情が徐々に左のように落ち着いていきます。森のすみかの土間の壁もそうですが、梅雨時期には湿気をかなり吸ってくれます。 平屋建て23坪とそれ程大きくはありませんが、造り付けの棚、南に窓がないのにとても明るいロフト。そして低く抑えた屋根と素朴な質感の焼杉の外壁がとてもいい雰囲気を出しています。
5月24日に見学会をさせていただきます。事前予約お待ちしております。
呉服、塩、肴などの問屋、そして造り酒屋が軒を連ねて善光寺街道の城下町として栄えたそうです。しかし、その中心だった「中町」は江戸末期から明治21年の大火までに町屋の大半を焼失してしまい、その教訓から耐火性の高い土蔵造りの建物が相次いで建てられ、特に白黒の「なまこ壁」が独特の雰囲気を醸し出す街に変わったそうです。その頃から松本には各地から多くの匠が集まってきて、中でも昭和初期の「民芸運動」に共感した人達が活発な工芸制作が行われたそうです。今でも、その中町には数多くの土蔵造りの建物が残っていて、民芸・工芸品が売られ賑わっています
土蔵造りと町屋造りの建物の両方に入ると、土蔵の方はやはり空気がヒンヤリします。そして、音の響き方があまり響き過ぎず優しい感じがします。火から命や大切な物を守るための土蔵は、人にも優しい環境を作ることを再認識しました。
先月に上棟をした美濃加茂市の現場です。大屋根の軒樋から下に右に左に振られならが垂れているビニールがあります。その名は「レインシューター」。 軒樋は屋根工事と鼻隠しの塗装が終われば取り付けられますが、縦樋は現場のプランによって異なりますが、すぐ施工できない時があります。その時に、屋根で受けた雨が軒樋に流れて、そしてこのレインシューターを通って地面まで流れていきます。本庄の場合、バルコニーや外壁など外部での木部の使用も多いので、建築中に雨が当りにくくなるためとても有難いです。板金屋さんの心遣いで最近の現場で取り付けられています。
今回気になったのが木曽川の流れ。長野県に入っても木曽路は登る一方で、木曽川は後ろ方向(太平洋側)に流れています。その流れがどこで変わるのか、つまり分水嶺はどこかを気にしながら、ついに薮原に。しかし、ナルカリさんの工房へは19号から離れ野麦街道へ北上しなければなりません。ところが、木曽川が野麦街道についてきました。そして、ナルカリさんの工房近くまで道に沿っていた木曽川は東の方の味噌川ダムへ離れました。(ちなみに、木祖村の東側鳥居峠が、太平洋に注ぐ木曽川と日本海に注ぐ信濃川との分水嶺となっています。)
ナルカリさんとは、木工、芸術、仕事、政治、経済、宗教、哲学、家族などいろんなこと4時間は話したと思います。(去年も同じような話題で話したかも)その後、木曽川の源流を見たいと思い、ダムまで連れて行ってもらいましたが、思ったより大きく長く、先がわかりませんでした。地図を見ると、味噌川ダムの先の支流に木曽川がまだ続いて載っていました。時間がなかったので、また、いつかと思い後にしましたが、木曽路の薮原までが太平洋とつながっていているのだなとしみじみ思いました。木曽路に今まで以上に親しみを覚えつつ、薮原と奈良井の間の峠山を境に19号を松本まで下りました。
今月一番の巨大木が工場に登場しました。直径はなんと1m10p!!(一番長いところで。)台車に乗せるのも一苦労。やっと吊り上げたかと思いきや、問題発生。大きすぎて台車の上を流れていかない…。
何度も向きを変えては、少しづつ丸太を製材していくと気付けば夕暮れ。さすがの製材課課長も一息ついた曲者でありました。 さて、今日丸一日かけて製材された木は何の木でしょう?!日本では、家具やしいたけ栽培の原木、炭や薪などに使われています。
答えは楢(ナラ、落葉性広葉樹)
それから、回向柱の手前の重要文化財の山門(とてもすごい建物で昨年春まで長い期間改修工事でした)も見学できます。その山門の「善光寺」の文字には鳩が五羽いますのでそれも探して下さいね。
両手を挙げてつかもうとする人、落ちた餅を拾うチビッ子、傘を逆さにしたり、エプロンを広げたりするプロ、みんな必死でした。 10分足らずのあっと言う間の出来事でしたが、一度に多くのご近所の方にどんな住まいか、お施主様がどんな人か、どんな会社が建てるのかなどを知ってもらういい機会だと感じました。やはり、工事中はご近所の方にいろいろご迷惑をおかけしますし、そのご理解の上で工事をさせて頂いている中で、こうした昔からの風習の大切さを痛感しました。あらためて“いい住まいをつくるということ”は、快適で素敵な家だけでなく、ご家族・ご親戚・ご近所など地域全体にとっても良いものでなければならないと思いました。 余談ですが、50個に一つ入っている巨大な餅はまるで空飛ぶ円盤のようでもありました。
それにしても、かなり気の遠くなる作業です。しかも、まだまだたくさんあります。花粉に加え、黄砂も舞い出してきましたが、がんばります。
写真はAのお宅の骨組み状態のものです。解体前からわかっていたことですが、大きな住まいの割に通し柱が少なく、またそれ程太くもありません。さらに、壊してから見ると、特別な造りになっているわけではありません。ただ、グリッド(田の字)が守られた間取り、家の中心部分における柱の断面欠損を少なくした梁の仕口位置などは感じられます。 こうした造りの構造・間取りの住まいが、現在は建築できません。建築基準法に適合しないからです。
現在私たちが建てている「森のすみか」「JDフォレスト」の家では、柱・壁の上下の配置の乗りも良く、梁がきれいに組まれ、当然基準法的にも問題がなく、またそれ以上にバランスも良くと考えています。
しかし、前述のAの住まいは、「濃尾地震に耐えた・120年以上建ち続けている」という事実があるのです。それには、理由があるはずで、本当の超長期優良住宅(200年住宅)の神髄が多く含まれていると思います。法律も踏まえた上で、いろいろなことを幅広い角度でしっかり見ながら、勉強して、“これからの本当の住まい”も考えていきたいと思います。
分かりにくいですが木の枝に。でも下からも声が聞こえます。ズームボタンを押すと・・・“すずめ”です。♪お屋根でちょんちょん かくれんぼ。ならぬ ♪お庭でぴょこぴょこ かくれんぼ。ひよこのお株を奪うかくれんぼです。写真には2羽のすずめが。分かりますか?
啓蟄を過ぎ、みんな春を謳歌!?でしょうか。
今回のお施主様とは11年程前にご自宅を建てさせていただいてから、いろいろなお仕事をさせてもらっています。今回の現場は恵那ICから約10分、岐阜から約1時間20分とちょっと遠くでのご依頼でした。遠隔地の場合、お住まい後に何か急なことがあってもお伺いするのに時間がかかることなど、遠いことでの不便についてご説明しましたが、それでもご依頼していただき本当にありがとうございました。 手前味噌になりますが、担当した武藤君の頑張りを称える社内検査になりました。
「渋谷区ふれあい植物センター」HP:http://www.botanical-fureai.com/