■2004.3/NO25
もうすぐ春ですねえ♪ 三寒四温を繰り返り、ようやく暖かくなってきました。今年は花粉症の方には比較的楽なようで、ニュースでもあまり話題にはなりません。話題なのは、鳥インフルエンザ。山口・大分に続き、京都で発生した鳥インフルエンザは兵庫や大阪にも飛び火、京都と大阪ではカラスの死がいからも陽性反応を示しました。京都のある農場が鶏の異常を報告せず、出荷したことからこれだけの大問題となったこの対応の原因は何なのでしょうか?すごく考えさせられるものがあります。世の中のことよりも自己を優先する風潮が根底にあるように思えてなりません。大きな道路の交差点の中央分離帯や山の中の林道に投げ捨てられているコンビニ袋や空き缶とコトは同じ、というのは言い過ぎでしょうか?

五回目の植林ボランティアは63名。 2年前の山火事から、今回で5回目の「緑の山再生プロジェクト」(岐阜新聞・岐阜放送)が3月6日(土)行われ、お客様と業者さんと我々本庄工業の総勢63人(内小学生8人、中学生2人、高校生1人)が参加しました。時々小雨降る朝、中止かどうかの確認の連絡が誰一人なく、希望者全員が現地に集まったことは感動です。後で様子を紹介していますのでご覧下さい。(ホームページでもご覧いただけます)

好評でした 「薪ストーブを囲んで」 2月の終わりに、「森のすみか」で薪ストーブのある暮らしの素晴らしさ、楽しさを体感できる説明会を開きました。薪ストーブの良さや注意することなど説明をしながら、ピザややきいもを作り、9組のご家族みんなでワイワイと食べました。火は人をひきつける求心力があり、自然とみんなが火のまわりに集まってきます。とても、心が豊かになる楽しい会でした。ホームページで様子がご覧いただけますので、見てください。

小泉武夫さんを知っていますか? 東京農業大学教授で、日本東京スローフード協会会長でもあり、「納豆の快楽」「食の墜落と日本人」「食の墜落を救え!」など数多くの著書もだしている、日本の伝統的な食文化の復活と農の再生に積極的に取り組み実践している方です。岐阜県主催の“食を考える県民フォーラム”で講演を聞きました。本に書いてあることが中心の話でしたが、話し方が上手く説得力があります。なにより今の日本のことを利害関係なく真剣に考えていることが伝わってきます。日本の食料自給率は先進国で最低の39%で、ほとんどの先進国がここ30年で自給率が向上しているのに対して日本はドンドン低下。他の先進国はしっかり考えていて、低下した食料自給率を向上しているが、この日本は外貨で稼いだお金で洋服、バッグはおろか食料や木材まで外国から買って自らの首を絞めている。日本の残留基準を超える農薬や抗生物質が検出される野菜やウナギや豚肉などを食べている。さらにこの40年間での肉消費の激増が、温厚な民族であった日本人が“キレる”に変わったとも言う。若者の興奮時のアドレナリン分泌量が昔と今とは明らかに違うらしい。他国か企業の戦略で、知らないうちに私たちは危険にさらされているようです。小泉さんは冗談か本気かわかりませんが、”日本農業党“を興して日本を変えなければ手はないと言っていましたが、大分県の平松知事とやっている「地産地消・スローフード運動」で大成功の大山町のように、日本を救ってくれないかと心から願ってしまいます。(「食の墜落と日本人」という本がわかりやすく、本当に為になります。)

津軽三味線 吉田兄弟に感動。 前からライブで聞きたいと思っていた津軽三味線を、昨年末と今年と2度、それも共に吉田兄弟が聞けました。CDを遥かに上回る迫力と繊細さは筆舌に尽くし難し。3本の弦でこれだけ多くを表現できるのかと感動しました。伝統を守りながらも新しい境地を切り拓いて、ラテンとの融合など試みてもいますが、何と言ってもこの二人ならではの「津軽じょんがら節」合奏がクライマックスでした。「森のすみか」でも津軽三味線の演奏会を考えておりますので、ご期待下さい。

「築100年の住まいに暮らす」
今回は、築30年の建物を移築して70年経つ、築100年になる建物の耐震補強工事と離れ兼車庫の新築をしたS様邸をご紹介します。
 
 築100年の既設母家は、本町にあった商家の造りのため、広々と開放的ですが東西方向の壁があまりありません。(特に南面)はじめに現状調査をしました。現状の間取りからの耐力壁のチェックと床下や小屋裏にもぐって構造材の確認をしました。そして、常時微動(建物の平常時の体で感じないほんのわずかな揺れ)を測定し、実際にどれほど揺れやすいかを数字で確認しました。やはり、現在の建築基準法による必要耐力壁には足らず、将来の使い方などを含め、段階的に壁を設けながら耐力アップを計画しました。今回は第一段階として、より効果
が得られそうな東南角の南面に耐力壁を作りました。見た目も、黒漆喰の中に新しい木部の色が爽やかで落ち着いたイメージを出しました。
 
 新築の車庫兼住居部分は一部母屋と接続しており、床にはウイスキーオーク(ウイスキー樽のリサイクルフローリング)を使用し、ほのかにウイスキーの香がしました。内部建具については、蔵に保管してあった昔の建具を使用できるよう出入口の開口を取るなど、様々なこだわりを盛り込みました。接続部分で苦労したのは、既設の建物の高さに合わせて増築部分の床の高さや、天井の高さを決めたことで、既設床と同じ高さにすると基礎をかなり下げないといけなく、これでは雨水が建物の中に浸入する可能性があるため既設より15cm床を上げさせて
もらいました。そうすると今度は、天井高が低くなってしまうため屋根の形状を変更し天井高を確保しました。
 夏でも網戸をしない、古いものを大切に長く使う、そんなS様の暮らし方、考え方に触れられとても勉強になりました。これほど、実践されてみえるのは感動でした。
 故きを温めて新しきを知る“温故知新”・・・便利で簡単に手に入る現代社会になくしたものを取戻す。そんな仕事でした。
常時微動測定 母屋改修前南面 旧車庫
事前調査 母屋改修後南面 新車庫兼住宅

尚、築100年の母家耐震診断・耐震補強については、森林文化アカデミーの小原先生らスタッフのご協力によるものです。
★住まいの不具合・ご質問等ございましたらいつでもお気軽にご連絡下さい。
ホームサービス専用 Free Dial 0120-71-6527《 365日 24時間 電話対応 》

第5回
※元気ですか〜今回はあえてコメント少なく写真をいつもより多くお送り致しました。参加頂いた方も次回こそ・・・とお考えの方も、元気があれば何でも出来る!山に行けば何かがわかる!そんな無形な財産を探して見ませんか。(まずは何事も・・・1・2・3・ダ〜)次回は秋の開催です。是非“本庄工業ボランティア部隊”の一員としてお会いしましょう。
今回総勢64名 無形の財産を得た皆さん (左)施主様(右)僕たち神岡出身で〜す
毎回参加しています 緑の大切さを継承します いつか思い出してね
次回はマイヘルメットでね 友達? ネイチャークラフトの先生もご参加です
お父さんの背中は大きいな 俺たちで緑を守ろう 私が発起人です

〈今回参加された皆さん〉
加藤雅也 下島孝道 下島崇寛 柿下敬雄 伏屋康雄 市川繁光 小川敏彦 若森明彦
小出 修 小出 浩 堀 成夫 嵐 紀子 細渕ゆみこ 野々村久美 野々村大輔
野々村良平 竹市 誠 竹市美由紀 竹市真奈 神戸鎮雄 神戸利子 神戸 修
神戸一輝 山下勝義 伊藤 明 遠藤哲也 藤井昭吉 千代薗貴敏 正木亜抄子
正木理奈 正木航太 馬渕公彦 川島定明 長谷部泰史  武藤健志 武藤歩美
沢田健次 沢田 翔 國井孝明 土田正博 宮本克矢 広瀬勝則 村山公敏 村山正子
村山陽子 村山万由子  村山敏徳 中川稔之 中川貴雅 古澤雅彦 細野喜孝 
四井達也 安藤樹彦 青山秀三 武藤隆裕 竹嶋元興 今井浩二 横山徹男  石田 豊
田口 功 谷澤俊彦 可児友二 青木 亮 山下周作(順不同、敬称略)

(本庄工業の社員や私達を支えてくれている
 業者さんの素顔を紹介します。)

今回は 本庄工業 建築課 青木 亮

1回休みのご無沙汰でした、今回の本庄人は昨年 岐阜県立森林文化アカデミーを卒業し本庄工業最年少現場監督若干21歳の 青木 亮をご紹介致します。
本人いわくこの1年本当にお客様を初め関係業者さんまた社内の方々に多大なるご迷惑をお掛けしたにも関わらずその都度叱り・励まし・支えて頂き感謝・感謝の1年だったそうです。
特に担当させて頂いたお客様は今思えば一番ご不安だったのではなかったでしょうか。でもこの先はご安心ください、これからは今の本庄人の誰よりも長〜くお客様とお付き合いが出来るじゃ〜ないですか。10年メンテも20年メンテの時だってまだ41歳なのでちょうど今の古澤さんの歳くらいじゃないですか。(なんてネ)自身の夢は現場も仕切れる設計士。日々の経験を将来に生かしたいと今日もどこかの現場で怒鳴られている事でしょう。(今月の一言:まずは創造力より行動力。)
施主の橋本様と…、向かって右が青木です

『セルッティの名刺入れ』
  春は卒業、入学、就職などをはじめとする新しい生活の節目となる季節です。元号が昭和から平成に変わった年に京都の大学を卒業し東京に本社のある企業に就職した私は、社会人としてのスタートを東京で始めました。
 新入社員研修が何日も続けられ、特に「自衛隊研修」は今なお印象深く残っているのですが、大学生から「社会人」へと自分自身の意識も変化していくのを自覚していました。「大学まではお金を払って通っていたけど、これからは会社にお金を稼ぎに行くのだ。給料をもらうに相応しい仕事をするのだ。」と・・・ 純情な初々しさが恥ずかしくもあるのですが、当時の決意を今なお覚えています。
  土曜・日曜を利用して入社後初めて京都へ帰る機会の時のことです。東京駅で手土産を購入するために八重洲口にあったデパートへ入りました。ふらふらと鞄売り場にたどり着くと並べられている名刺入れが目にとびこんできました。
「そうだ、名刺入れを買おう。」それまでのものはシルバーのアルミケース型でした。社会人の自分がこれから長く使いつづけられるようなものはないか、ともにキャリアを歩むに相応しいものはないかと、もちろん経済性も(あまりに高価だと京都で遊ぶための費用が無くなるのではないかと)考えて選んだ名刺入れは少しオリーブがかった薄茶色で手触りがやわらかく、表面にはアルファベットでニノ・セルッティと刻まれていました。新幹線に乗り込むと早速、新しい名刺入れに名刺を入れ替えスーツの内ポケットに納めました。京都では恐る恐る名刺入れに添えて友人に名刺を渡しました。
 3年間の東京での生活の後、名古屋の建設会社に仕事を移し、スーツを作業着に着替えた生活が始まると定位置は内ポケットから前ポケットに変わりました。セルッティの名刺入れは作業着に入れられたまま洗濯機に放り込まれたり、いつもポケットでヌクヌクとしていたわけではありません。10数年の星霜を経て、手元にある姿をみると、ステッチが少しほころんだところはあるものの機能的には何ら問題もなく、色合いもオリジナルの色が自然な油汚れを帯び風格さえ感じます。いつも自分と共に働いてきた名刺入れには並々ならぬ愛着があります。
 この春、本庄工業では二人の新卒新入社員をむかえます。本庄工業が送り出す「木の家」や「人」がセルッティの名刺入れのよう長く愛される存在であることを願います。

  本庄工業 ホームページ のお知らせ
私たちの取り組みやイベントをまとめてご案内する「ホンジョルノ広場」というコーナーに引き続き「本庄カレンダー」を作りました。私たち本庄工業の取り組み、イベントがカレンダーにより一目で分かります。施工例も随時追加しています。お楽しみに!!
   
ホームページ   http://www.honjo-woodream.com  Email info@honjo-woodream.com

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