■2006.1/NO36
あけましておめでとうございます 雪がこれ程ある新年の幕開けはあまり記憶にありませんが、暖冬が一転、昨年の12月は記録的な寒さと大雪。本当に寒かったし、よく降りました。町中ではようやく屋根や日陰にほとんどなくなった雪も、山に近い所ではまだ残っています。何と統計開始(1946年)以来、月平均気温が最も低く、岐阜で3.1℃!(平年は6.6℃)、降雪の合計も79cmと観測史上最大でした。森のすみかでは薪ストーブをフルに焚く日の連続でした。それでも、雪が40cmも積もる中開催した恒例のクリスマスコンサートには、70人近くのお客様にお越し頂き本当にありがとうございました。
しかし、大雪のため樋やカーポートなどが壊れたり、屋根からの落雪で車やフェンスなどがへこんだり、いろいろな連絡を頂いております。臨時に“雪・寒さに注意”の号外はがきをお送りしましたが、まだ大寒を過ぎたばかりです。寒い日はこれからもありますので、しっかりとご注意下さい。

“湯たんぽ”はエコ暖房! このところ新聞などでよく取り上げられている、昔懐かしき“湯たんぽ”。といっても、まだ若い!?私は子供のころ使った記憶が微かにあるだけですが、どうやら最近人気になっているようです。空気や肌が乾燥せず体に優しい、電気代がかからない、残り湯は洗顔や食器洗いに使えるというとで、灯油の高騰や寒冬でホームセンターやネットでも品切れ続出。昨年末来、火事で多くの犠牲者が出ていますが、あまりにも夜が寒く石油ストーブを焚いていて出火したこともあるようですが、湯たんぽは火の心配も要りません。11年前の阪神大震災の時にも、緊急時の暖房器具として活躍し見直されるキッカケとなりました。化石燃料に頼らないエコライフを提案する本庄人としては、薪ストーブの上のお湯を湯たんぽに利用しようと、陶器製の物を購入しました。でも、朝布団から出るのが余計につらくなったりして・・・。

安さの代償について “100円ショップ・ユニクロに行かない”と言って3,4年位経ちます。「そんなに必要でないけど100円だから、安いからいいか」とあれもこれも買って、要らなくなったり、壊れたりしたら「まあいいか」とポイポイ捨てる感覚が当り前になってしまうと思ったからです。そして、何でこんなに安いのかな?こんなに安いと日本の職人がいらなくなるだろうなと思いました。子供からよく連れて行ってと言われ頑なに行かない激安の回転寿司もそう、何でこんなに安いの? どこの海でどうやって獲ったの? ローコストの住宅も同じで、ホワイトウッドって? 伐採後の生態系とか大丈夫? 努力家の日本企業は世界各国から金になるものを現地の環境とかお構いなしで根こそぎ持ってきて、今や日本国中、衣食住、安いものが溢れています。安くていいものもあると思いますが、「これはこうだから安いんだ」「安い代わりにここが弱点・問題なんだ」とはほとんどありません。“本当のコト”を知らされないで、豊かだとか幸せだとか言って、実は体も心も、そして地球までも蝕まれているとしたらどうですか? 昨秋からの耐震偽造問題も、設計士・建築主・デベロッパーの行為は許し難いですが、マンションやホテルの所有者は、安くて・広くて・立地が良くて・早くて、本当に何も疑問もなく、いいものを・利益性の高いものを手にしたと思ったのでしょうか? 作る側も、買う側も自分の都合ばかりでは、ホントダメニナッテシマイマス!

今年はスポーツの年 2月のトリノ冬季オリンピック、3月のワールドベースボールクラシック、そして6月のサッカーW杯と大きな大会があります。女子マラソンと同様に選考でもめた女子フィギュアは、ハイレベルの争いでしたが結果はどうなるか楽しみです。以前その選考漏れの高橋尚子さんは、年末あの東京国際で見事に感動の復活!それも、直前の肉離れにもかかわらず最後の坂でスパートをかけるとは。夢と勇気を与えてくれるのがスポーツの醍醐味と思いますが、今年は特に多くの人が感動を味わうでしょう。最近のスポーツのことですが、全国高校ラグビーで優勝したのはかつて「スクールウォーズ」のモデルになった伏見工業。その杉本主将は、まじめで気配りができ、しかも熱いという人柄で高校日本代表が何人もいる同級生を差し置いてキャプテンを任された。優勝後の彼の言葉「ここよりうまいチームはあっても、熱いところはない」は胸に響きました。サッカーは逆にうまい高校が勝ちましたけど。私達も技術はもちろんですが、熱さでは日本一の材木屋・建築屋を目指したいと思います。そして、今年も少しでも多くの人と感動できるワンダフルな年にしたいですワン!?



 2005年のホームサービス集計
 昨年1年間のホームサービスを集計しました。私共で施工させて頂いた方、またそのご近所の方やお知り合いの方などのお住まいの不具合やトラブルを対応させて頂きました。
サッシ・建具の不具合・・・・・・44   ガラス割れ替え・・・・・・・・・・3
トイレトラブル・・・・・・・・・14   排水つまり・・・・・・・・・・・・3
雨漏れ・・・・・・・・・・・・・14   AC故障・取替え・・・・・・・・・3
ベランダ・外壁の割れ・・・・・・14   コウモリ対策・・・・・・・・・・・3
鍵の不具合・トラブル・取替え・・11   借家修繕・・・・・・・・・・・・・3
クロス・内装の不具合・・・・・・9    地盤トラブル・・・・・・・・・・・3
キッチントラブル・・・・・・・・9    食洗機トラブル・・・・・・・・・・3
床・階段の不具合・・・・・・・・9    インターホントラブル・・・・・・・2
雪害・・・・・・・・・・・・・・9    すずめ対策・・・・・・・・・・・・2
浴室トラブル・・・・・・・・・・6    車による外壁・内装トラブル・・・・2
水栓トラブル・・・・・・・・・・6    金物取付・収納増設・・・・・・・・2
湿気(カビ・結露)・・・・・・・ 5    軒天張替え・・・・・・・・・・・・1
白アリ駆除・・・・・・・・・・・5    植栽枯れ・・・・・・・・・・・・・1
シャッター修理・・・・・・・・・5    手摺取付・・・・・・・・・・・・・1
洗面トラブル・・・・・・・・・・4    井戸打ち直し・・・・・・・・・・・1
電気・ブレーカートラブル・・・・4    床下補強・・・・・・・・・・・・・1
給湯器・温水器トラブル・・・・・4    ポスト取替え・・・・・・・・・・・1
照明器具・電球の交換・・・・・・4    車庫増設・・・・・・・・・・・・・1
網戸張替え・・・・・・・・・・・4    落ち葉よけネット取付・・・・・・・1
ハチ駆除・・・・・・・・・・・・4    換気扇フード取り付け・・・・・・・1
屋根・樋のトラブル・・・・・・・3    襖張替え・・・・・・・・・・・・・1
水道トラブル・・・・・・・・・・3                     

                    合計・・・・・・・・・・・・・224件  
毎年の傾向として、建具関係、水廻りの不具合・問い合わせが多いですが、毎日使用する所はどうしても何らかの変化が起こりやすいです。今年も普段のメンテナンスに役立つよう本庄Newsにお手入れの方法を掲載していきたいと思います。ご活用下さい。
同じ項目でも、一件一件の状況は必ずしも同じではありません。施工不良によるもの、経年変化によるもの、誤って故障したものも、私達はできるだけその場に合わせた適切な判断、スピード対応を心がけて対応します。
本庄工業とお客様は365日24時間つながっております。今年もよろしくお願い致します。
 
雪対策
 昨年末の記録的な大雪関連の被害が10件程ありました。雪の重さは降った直後よりも気温が上がり、水分を含んだ状態のほうが重く、加重がかかるものです。また屋根に積もった雪が“ダム状態”になり思いもよらないところから雪解け水が建物内に侵入することもあります。これからも、積雪の恐れは十分にありますので、今一度寒波、積雪時の注意事項をご確認下さい。
・樋の破損・曲がり・・・特に北側屋根の樋が雪の重みで下がることがあります。
・瓦のズレ・・・雪の重みでズレることがあります。
・屋根からの落雪・・・雪がやんだ・寒波が過ぎたと油断は禁物。大屋根から氷のような塊が落ちてきて怪我をしたり、カーポートが壊れる・車に傷がつくといった例もあります。
・水道管の凍結・・・凍っても焦って熱湯をかけないようにしてください。徐々に温めましょう。
・給湯器の凍結・・・お風呂の残り湯は朝まで残しましょう。追い炊き管の上部までお湯がある状態で残します。凍結防止になります。
もし雪によって被害があり火災保険に加入されている方はお手元の証書をご確認下さい。保険の適用が受けられるケースもあります。ご不明なお客様は下記ホームサービスダイヤルまで。

★住まいの不具合・ご質問等がございましたらいつでもお気軽にご連絡ください。
ホームサービス専用 Free Dial 0120-71-6527《 365日 24時間 電話対応 》

ほんじょうじん 本庄工業 製材課 谷澤 俊彦
(本庄工業の社員やわたしたちを支えてくれている業者さんの素顔を紹介します。)

岐阜県の北端-神岡生まれ。緑の自然に囲まれた生活と食べることが大好きな彼。仕事に就くなら、食品関係か木を扱う仕事と決めていたとか。以前は製菓の仕事に就きましたが体を壊し、本庄工業株式会社の製材課に4年前から勤務しています。2度と同じ失敗を繰り返さないためにも、どんな季節の屋外作業にも耐えうる体力維持のため自転車通勤です。
 彼にはお気に入りの木があります。木を挽いていて、とってもいい香りがする木です。皆さんは「檜」とか「白檀」などを思い浮かべられるかと思いますが、そこは食べることが大好きな彼。春のお菓子「桜もち」を思い起こさせる“さくら”の木が1番のお気に入り。仕事をしながらも“食”は彼の頭の中を駆け巡ります。聞くところによると・・・大好きな牛丼は席に着くなり3杯注文。ぺろりと平らげるとか。そこで先輩からのアドバイス。−「牛丼は時間差で注文するように。そうすれば次々アツアツが食べられます。いっぱい食べた後の力仕事は君に任せたぞ!! がんばれ!谷澤君。」
 どんなに重い材木を持っていても、目が合えば必ず見せてくれる谷澤スマイルは、周りの人々をも幸せにしてくれます。
丸太の製材・ノースリーブが彼です。

何気に担ぎますが重いです!!
 

只今 建築中です!  2006.1
 
M様邸(瑞穂市穂積)
 現在瑞穂市穂積で建築中のM様とは、H16年の秋に出会って、はや一年半のお付き合いをさせていただいています。実はM様は、彫刻家!! 家の中に取り付ける欄間を、現在創作中!! JDフォレストの家にどんな欄間を調和させられるのか、今から楽しみです。
南側に土間を設け、冬の日差しから蓄熱させたり、薪ストーブを入れるなどなど自然なもので暖がとれる仕組みのお宅。エコキュー○やエコウィ○ならぬ“エコ本庄の家”として花水月咲く春に向けて只今、建築中です。



A様邸(各務原市)
今回はもう一軒、各務原市のA様邸を紹介いたします。A様は収納に重きを置いたしっかりした方で、4畳の外部収納、内部には計14畳程の収納がそれぞれ必要な箇所にあります。薪ストーブも設置されますが、着工前から既に1シーズン以上の薪を準備されていました。
樽を再利用した雨水利用や、6畳の土間。奥様のパン焼きのご趣味が反映されたガスオーブン完備のキッチン。・・・日常生活とご趣味が見事に調和した家を、こちらも菜の花が咲き揃う春の完成に向けて只今、建築中です。

『魂の棋譜 「2七銀・・・」』
 年末の大掃除の際に書架の奥から『村山聖将棋名局集』と書かれた一冊の本がでてきました。
初めて彼を知ったのは、20年ほど前のことです。当時京都の大学に通い、一人暮らしをしていた私は、日曜の午前中にはNHK教育テレビで放映される将棋番組を見ることを楽しみにしていました。ちょうどD.C.ブランドブームが興った頃です。世間の若者がそうであるように、ブラウン管に登場する若手棋士にも、ダブルのスーツを着こなす姿がみられる中で彼は異彩を放っていました。初めてみた時の彼は、髪はボサボサ、ずんぐりとした体に張り付いているようなスーツ、ネクタイの結び目もだらしなく、徹夜明けの中年新聞記者のような風貌でした。解説者が「東の羽生、西の村山と期待される若手棋士」、「外見からは想像できないけれど少女マンガファン」であると、彼を紹介したように記憶しています。対局中はもちろん、対局後の感想戦でもテレビの中継があるにもかかわらず、第三者に見られていることを気にしていない素振りの彼は将棋盤を挟んで自分と対戦者の勝負の世界にいるかのようでした。
スマートであることの価値が彼の前では萎縮してしまう強烈な個性に私はひきよせられました。それからは新聞や書籍に『村山聖』という活字をみつけては、彼の情報をストックしたものです。
幼くしてネフローゼを患った彼は小学生時代の大半を療養所で過ごしたこと。子供のころから抱える病気と闘いながら奨励会を驚異的なスピードで駆け抜けたこと。奨励会時代に関西将棋会では「終盤は村山に聞け」とまで言われる存在であったこと。(奨励会とはプロ予備軍の研修会的なもので、ここで良い成績を残して四段になることでプロと認定される。)せっかく伸びたのを切ってしまってはかわいそうだと髪やつめは伸ばし放題。「名人になって将棋をやめる。」というのが口癖であること。コンピューターで棋譜の研究をする若手が多い中、村山は自ら駒を並べて検討するということ・・・。村山はNHK杯と相性が良いようで、その後も毎年のように活躍をテレビで見ることが出来ました。「名人になって将棋をやめる。」という口癖が叶う日も遠くないだろうと思っていました。名人になるまで、村山の挑戦は続くのだ信じていました。
平成10年の夏、JRの車内で見ていたスポーツ紙に村山の訃報を報せる記事を私は見つけました。「ウソだろう。」そんな言葉が口から出たのではないかと思います。脱力感と空しさ・・・。もっと、もっと村山の活躍を見たかった。村山の情報を知りたかった。そんな思いだけが残りました。
彼の死後、将棋雑誌の追悼特集などで生前は明かされなかったエピソードが紹介され、貴重な人材を亡くしたことを残念に思いました。とりわけ大崎善生の『聖の青春』は村山聖と周囲の人たちの出来事を丹念に辿り、間近で接してきた彼ならではの洞察が加えられた秀作です。
進行性膀胱癌。将棋界の最高峰、A級在籍のまま村山聖は平成10年8月8日、29歳で亡くなりました。最後まで棋譜を諳んじながら、「2七銀」で声が止まったということです。
あれから7年近くの月日が経ちましたが、「生きていたなら今頃は・・・。」と考えるのは彼に失礼だとは思いながらも、それを禁じえません。


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