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| ■2006.11月 NO41 | ||||
本当のことが知りたい! ベストセラーの「食品の裏側」を読みました。以前の「買ってはいけない」シリーズ本もよく売れたが、内容が違う。バリバリのビジネスマンとして頑張り、“食品添加物の神様”と言われる程白い粉に精通し、安価で簡単に食べ物を作れる冷凍食品やレトルト食品などの多くに関わったという筆者が、今度はその危険性に警鐘を鳴らす。「調味料(アミノ酸等)」の“等”が、嫌がられる「グルタミン酸ナトリウム」(化学調味料)などの隠れ蓑としてメーカーが便利に使っている事実などの紹介もあるけれど、体の中に入るものなのに知らされていないことが多すぎます。鳴りを潜めている牛肉でも、米国産を家庭では「食べない」選択が出来るが、外食や、弁当ではできません。そして、気になる話がメキシコ経由の米国産牛肉。メキシコではBSEは発見されていないが、米国牛肉輸出の70%を占めていて、メキシコ産牛肉の日本への輸入量の推移は何と2001年 1t、2002年 7t、2003年 8t、2004年 2,758t、2005年 7,417tと急激な伸び。93年に、韓国でメキシコ産の牛肉に米国産のラベルが貼ってあった事件以降、韓国ではメキシコ産牛肉の輸入を禁止したという。♪今僕らが誰かに望むのは多分本当の事を話して欲しいだけ♪(サンボマスター) |
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「年末に向けて」 |
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| 2006年もあと一ヶ月ほどで終わろうとしています。今年は大きな台風が東海地方を通過することもなく、被害も少なかったと思いますが、大掃除の時期でもありますので、是非建物内外のチェックをしてみて下さい。
まずは、“大掃除のコツ” 掃除と点検を同時に行う時、道具と知識があれば、ご自分で直したり、調整したりすることもできますが、異常を発見した時やわからない時、そして不安な時にはいつでもご連絡下さい。 |
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| ★住まいの不具合・ご質問等がございましたらいつでもお気軽にご連絡ください。 ホームサービス専用 Free Dial 0120-71-6527《 365日 24時間 電話対応 》 |
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ほんじょうじん 丸宮竹材 宮崎 光さん(本庄工業の社員やわたしたちを支えてくれている業者さんの素顔を紹介します。) |
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今ではあまり見られなくなった土壁(竹小舞荒壁裏返し塗り)の住宅。今でもその技術を受け継ぎ、年に70棟以上を手掛ける丸宮竹材さん。宮崎さんはこの道22年の職人さんです。本庄工業施工の土壁住宅の荒壁を一手に担い、お施主さんとの荒壁塗り体験も快く引き受けて下さっています。他県の歴史的建造物の寺院再生の仕事なども手掛けられ、延べ1ヶ月以上に亘る出張になることもあるそうです。ところで1棟の住宅に荒壁土がどれだけ使われるか想像できますか?―40坪の家の外壁に約10t。1日職人さん3人がかりで5〜6tの土壁を塗ります。1人当たり2tを左手で支え右手で塗り続けるわけです。今更ながらすごい仕事ですよね。 「仕事は楽しくなければ永く続けられない。自分はこの仕事だから続けられる。」「始めにいい加減な仕事を覚えればずっとその仕事で良いと思ってしまう。最初からしっかりとした仕事を覚えれば手抜きの仕事はできなくなる。家が完成してしまえば見えない部分の仕事だけれど、だからこそきれいに仕上げたい。」「10人が塗れば10通りの仕上がりになる。塗った職人の人間性が出る。」お話を聞かせて頂いていても、朴訥とした人間性が伝わってくる宮崎さんです。 これからもマニュアルありきの仕事ではなく、その人が表れるお仕事。その人が表現できる宮崎荒壁を期待しています。宜しくお願いいたします。 |
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ちょっと になる話 「ほむらの会」
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| 『ダッカ日航機ハイジャック事件の際に、当時の首相・福田赳夫氏は『一人の人間の命は地球よりも重い』という言葉を述べました。この言葉の持つ意味の検証はさておき、30年前には人命の価値を多くの人が尊重していたことがわかります。今年42歳になった私が中学生だった時に担任の教師から「自由の国・アメリカというけれど、米国は世界一自殺者が多い国だ。」と聞かされてもニキビ顔の少年にはピンときませんでしたが、その言葉だけは印象に残っています。しかし現在では、米国型の繁栄を追い求め国民に犠牲者がでようとも国益のための戦争を是とするような道を歩んできたことが、命を軽んじる今日の日本の風潮を生み出したのではないかと思います。 「羽田野さんには、よくビンタされた。」という言葉を同年代の何人かの人から聞いたことがあります。本庄工業で長く建築部長を務めた羽田野貢さんは昭和40年代の後半から50年代にかけて『本荘スポーツ少年団』において野球の名・鬼監督でした。当時『本荘』は岐阜市内はもとより県内きっての強豪チームで、後に甲子園で活躍する選手を何人も輩出しました。高校まで野球を続けた私が『本荘』出身の人に羽田野さんとは遠縁に当たるのだと話をすると前述のような言葉が相手から返ってきたものです。 羽田野さんには感謝をしています。本当に支えてもらいました。『部長』という肩書きが若手の成長を妨げているのではないかと思い、『部長』という肩書きを社内から撤廃する提案をした時にも快く受け入れてもらいました。また困難な公共工事を受注した際には率先して現場監督を引き受け、花形の新築工事は若い現場監督を表に立て自らはサポートに回り・・・。一度、厳しい言葉をもらったことがあります。工場内の墨だし作業(位置の基準を決める作業)の時のことでした。障害物が多く、時間がかかり手間取っている時に私が「もう後はメッソウ(目測)でいいよ。」というと、「上の立場のものがそんなことを言ってはダメだ。現場が荒れる。」と・・・。設計者としてセンスの良い図面も描けるし、現場で差配もし、時には溶接までこなす『建築人』でした。現在、本庄工業の上棟式で私たちが唄っている木遣り唄は羽田野さんから伝承されたものです。川原町泉屋オープニングセレモニーでは本庄の木遣り唄の音頭をとって貰いました。夏前から市民病院に入院し療養していましたが、10月24日の夜に逝去されました。報せの電話をもらった時には体から力が抜け、しゃがみ込んでしまいました。枕元で声をかけても言葉を交わすことはできませんでした。『羽田野さん、ありがとう』 その深夜、羽田野さんの自宅から帰る際に玄関の脇に置かれたパーフェクトゲームの記録が印された盾に気がつきました。それを見たときに高校の野球部の同級生が「鏡島にあったボーリング場で初めてパーフェクトゲームを達成したのは羽田野さんなんやぞ。」と自分のことのように誇らしげに語った言葉を思い出し、また涙が溢れでてきました。 冒頭に述べた風潮に加え、人の生死を間近に見たり感じたりする機会が少なくなったことや、自分を支えている人間関係を感じる機会が少なくなったことも『死』を簡単に、安易に考える人が増えた原因でしょうか?『死』をもって解決できることなどあり得ないのに・・・。 この原稿を書いている途中に岐阜県総務部長の自殺の報道が入ってきました。最も罪深く責任がある人は決して自殺することはないでしょう。北海道・滝川市のいじめ自殺をめぐっては時間の経過とともに事実を明らかにすることは残された者に都合が悪いからと、「臭いものには蓋をしろ」的曖昧な解決に向かいそうだという報道があることに憤りを感じます。組織の責任を一人の人間の死に終わらせぬよう、古田知事には悲しみを乗り越え鬼の心で迅速に事実を詳らかにし、二度と同様の問題を起こすことのない組織に岐阜県を仕立ててほしく思います。川上が汚れていては末端の川下まで汚れてしまうのが自然の道理です。それが古田知事にとっての『生きる』ことの責任でしょう。 |
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