■2007.5月 NO44

夏近し 青葉・若葉の緑がより一層濃くなり、だんだんと夏が近づいていることを感じさせます。今の気持ちいい、清々しい季節の先には、ジメジメの梅雨、そして猛暑の夏が今年も待ち構えているのでしょうか? 梅雨と言えば、近年の雨は“シトシト”ではなく、あちこちで大きな被害が出ている集中豪雨(昨年の長野など)のような激しい雨が定番になりつつある気がします。大雨に備えて家の外回りを今のうちにご確認下さい。気候は良くても、次から次にショッキングなニュースの連続で気分が晴れません。4月の米国バージニア工科大学の銃乱射事件の直後には、市長選最中の長崎市長銃殺害、そして愛知県長久手町の立てこもり。米国で「平等をもたらす装置」と言われる銃が日本でも氾濫しているのか、銃犯罪は増えている。安全な国:日本はもう過去のもの?

「神様、我々は何をしてしまったのか」 エノラ・ゲイの副機長が原爆投下直後のメモにそう書いている。アインシュタインはいろいろな理由で原爆の開発に携わったものの、後に後悔し核廃絶運動をした。今年ほど新聞各紙が憲法について深く触れた憲法記念日はなかったのではないでしょうか。そして、課題が多く残された“改憲ありき”がぎらつく「国民投票法」が成立しました。唯一の被爆国の日本が、国際社会の中で貢献するために今まで誇っていた憲法9条を変えてしまうのか? これからの3年間は国民が今一度憲法についてしっかり考える良い機会としなければいけないと改めて思う。


山火事跡に素敵なタンク 5年前の大規模な山火事から継続している「緑の山再生プロジェクト」の活動の一環として、4月15日に、山に設置されたタンク(防火水槽)に水を運んで防火意識を高めようというファミリーウォークが実施されました。
山火事当日、火に囲まれた現場近くの幼稚園の園児たちが絵を描いたユニークなタンクに、一人1P以上の水を持って登り貯水する催しで、約250人もの参加がありました。私たち本庄グループは、ちびっ子も、ご年配の方も、3世代ファミリーも、毎回ご参加の方も、お客様・社員あわせて約60人。一時間くらい歩いて、気持ちのいい汗をかきました。山の再生は、一年前の全国植樹祭の時より更に進んでいて、木々も高くなり、元気な新緑の若葉がたくさん確認できました。素敵な姿に変身したステンレスタンクが防火のシンボルになって欲しいものです。

がんばる岐阜 春の選抜高校野球では、昨年ベスト4の岐阜城北に続き、大垣日大が岐阜旋風を起し初出場ながらも準優勝。東邦高校時代は“鬼”と言われた坂口監督が“仏”に変わり、選手を上手くリードして力を引き出し、監督を中心にまとまったと報道された。夏の予選も盛り上がることでしょう。そして、サッカーの我等がFC岐阜は、34試合中12試合終了時点で、9勝2引分け1敗の2位につけています。厳しいゲームの中、得点は少ないが何とかものにしています。このまま行けば、JFL優勝・J2入り(JFL4位まで)も夢ではありません! まだヤマ場が先にあると思いますが、是非皆さんで応援しましょう。晩秋まで熱い戦いは続きます。

湿式を取り戻せ! 3,4年前、雑誌で直木賞作家の五木寛之氏が建築のことを引用しながら興味深い文章を書いていました。年間自殺者数が3万人を超え、家庭内などの悲惨な事件が増えていることに対して、「戦後の日本は涙もろく湿った感覚のある“情”の部分を排除し、乾ききった社会を作り上げた。建築では、30年前は当り前だった泥を水でこねて土壁を作り家屋を建ててきた戦前の湿式工法から、水を使わない乾式工法に変わったように、乾いた世の中に変わった。会話もない乾式家庭、リストラに怯えつづける乾式雇用、情緒を無視しコンピュータ管理する乾式教育など人間に関する事に現れている。」と。義理とか人情が忘れられ、やわらかい心、瑞々しい心がなくなっていると警鐘を鳴らしている。教育基本法が改正されたり、障がいをもつ子ども一人ひとりのニーズに対応する特別支援教育も今年度から一応始まり、教育再生が唱えられています。私たちも、住まいづくりを通して、工法だけでなくベタベタなつながりをより大切に取り組んでいきたいと思います。 It’s better.


 「梅雨にも干せます」
 そろそろ梅雨の季節です。最近では雨が少なく“カラ梅雨”傾向が強い印象がありますが、今年の梅雨はどうでしょうか? この時期の悩みの一つが洗濯物だと思いますが、皆様はどうされていますか? 晴れの日には外で干し、雨の日や降水確率が高い日は室内で干したり、またカーポートや軒下にといったケースもあると思います。しかし、快晴の日以外はなかなかすっきり乾かないので、除湿機を作動させながらやエアコンをドライ機能にして湿気を取りながら室内干しをするなど、室内干しで上手に乾かす家庭が増えているようです。今回は、居間や洗面脱衣室などに後付でも設置できる室内用物干しの一例として“ホシ姫サマ”を紹介します。

梅雨時以外にもこんなときに役立ちます
・突然の雨や強風に(外に干した洗濯物を室内に取り入れたい・・・)
・排気ガスやほこり、花粉や黄砂が(外干しだと洗濯物について汚れたり・・・)
・プライバシーを守りたい(下着など人目に付きたくない・・・)
・脚が不自由になって、2階のベランダに上がったり、外の干し場に出るのがつらくなってきた。(1階の室内に干せたら楽なのに・・・)
・高齢になり、高い位置の物干し竿に洗濯物を干すのがつらくなってきた。
(上を向かずに干せれば・・・)

こんなメリットも
・室内用物干しを保管する場所が要らない。使わないときは、スッキリ収納。
・物干しの出し入れが不要。

窓辺に設置すれば、日光に当てることも可能。雨が降ってきた時などもすぐ取り入れられます(窓上部に設置するタイプもあります)
洗面所に設置すれば、来客時も室内はスッキリ。腕を高く上げることも無く洗濯物が干せます。

定価が約¥30,000(手動)のタイプから約¥120,000(電動)(施工費別途)の機能充実タイプまで幅広くあります。また、他メーカーの室内用物干しもいろいろ(写真右 川口技研;ホスクリーン)あり、設置場所・用途によってご提案致しますので、関心のある方はご連絡ください。 また、クローゼット収納金具を可動式のパイプにすることも承ります。高い場所も楽に有効活用できます(上部パイプが手前に引き降ろせます)。

リフォ−ムセミナ−ご案内
 毎月第2土曜日の13:30からリフォームセミナーを開催しております。リフォームだけでなく新築も含め現在検討されている方や、今後にとお考えの方、どのお客様が聞かれても、“知識の宝庫“になることは間違いなしです。各回ごとにテーマを決め、内容を掘り下げ実施します。知っていて損は無い話ばかりですので、気になるテーマの回には是非ご参加ください。次回6月9日は「上手なエアコンの使い方」と題し、エアコンの仕組みからトラブル解消法までエアコンについて幅広く掘り下げます。
★住まいの不具合・ご質問等がございましたらいつでもお気軽にご連絡ください。
ホームサービス専用 Free Dial 0120-71-6527《 365日 24時間 電話対応 》

 
ほんじょうじん 堀江畳店   堀江  守 さん 
(本庄工業の社員や私達を支えてくれている業者さんの素顔を紹介します)
 
 玄関を開けると家の中に無垢の床板が一面にどっと広がるイメージが強い本庄の住宅で、思わずほっとするスペース“畳の間”を担当していただいている畳工匠 堀江 守さんの作業場を訪ねさせて頂きました。入ったとたん、い草の香りに包まれます。
ご主人は、ご自身を“畳オタク”と云われるだけあって、畳を語り出すともう止まりません。『畳は床材だけど床板じゃない。ごろんと寝っ転がれる心地好さは職人が作るもの』だと考えられているからこそ力が入ります。そんな工匠があげる畳づくりの3大ポイントは、@材料を見分ける A寸法を正しく測る B心地好い足あたりに仕上げる これが出来てこそ畳工匠。“気持ちの良い和室をしつらえてみせます。”
休日は、2人のお子さんとカーレースにはまっています。親子で趣味が共有できるっていいことですよね(鈴鹿に富士 いっぱい行ってください!!)。
今はそんなご主人ですが、家業であった畳屋を継ぐのが嫌でいやで、選択肢が与えられなかった長男として仕方なしに入った道。“京都職訓での修行時代”と“他所の釜の飯”の10年を経て家に戻り、親子で10年。現在は奥様と2人3脚 阿吽の呼吸です。そんなご両親を見て育ったお子さん2人が、“将来の夢は畳屋さん”と言ってくれた時 −『泣けました』−“親子で畳屋”はご主人の夢にもなったのではないでしょうか。   

;畳表について語る ご主人。
;機械化された中にも 作り手の癖がでるとか。
縁付けは 奥様担当です。

畳屋さん アドバイス
とにかく丁寧に掃除機を掛ける。部屋の風通しを良くする。晴れて湿度が低い日に、畳の角を少し持ち上げ空き缶をかませ畳の裏にも風を当てる(畳干しをしなくても大丈夫)。


ちょっとになる話 「久松真一記念館“抱石庵”オープン」       
 以前にも取り上げました岐阜市長良の築約100年の住まいの大掛かりな耐震改修工事が完了し、この5月から「久松真一記念館」として公開が始まりました。
 久松真一は明治22年に生まれ、岐阜中学校から第三高等学校を経て、京都帝国大学哲学科へ進学、西田幾多郎に仏教哲学を学び感銘を受ける。その後、禅と茶道を実践し、芸術や哲学の研究を進め、茶道文化の研究と人間形成を目的とした「京都大学心茶会」を創設した。また、F.A.S[Formless self(無相の自己)に覚めるとともに、All mankind(全人類の立場)に立ち、
Suprahistorical history(歴史を越えて歴史を創る)]という久松真一の世界に向けた人間のあり方についての理想を唱えた。
 後に、ハーバード大学神学部客員教授として「禅と禅文化」を講義し、そして米国からヨーロッパへと渡り、マルセル、ハイデッガー、ユングなど哲学者、思想家と交流、講演会を催し、東洋の哲学、文化の紹介に努めた。
 晩年(昭和49〜55年)岐阜に戻り、真一と父大野定吉が建てた茶室のある住まいで茶道を徹底的に講じたという。
 没後27年、真一の書や書物、そして茶道具などが展示され、禅や茶の心に向き合える空間として月に2回の公開となります。関心のある方は、是非足をお運び下さい。
※開館日:毎月第2・4日曜日 
10時〜12時、14時〜16時
※入館料:1,000円(お抹茶とお菓子付)
入館希望7日前までに要予約
※岐阜市長良福光228-2(岩砂病院北)
TEL/FAX:058-231-5317

   「関西系」
 高校を卒業した後、10代後半の一年を大阪で過ごしました。東京にある大学を志望していたのですが、『大学生活の4年間は東京だから、その前に一年くらい関西もいいかな』という不埒な理由からです。大阪での一年間は、それまで自分が持っていた価値観をひっくり返すようなとても刺激的な体験がありました。
 テレビがない生活を送っていたこともあり、とりわけラジオに登場する関西のお笑い芸人のキャラクターには驚きました。今から20年以上も前のことですから当時のことも忘れかけていたのですが、ここのところ記憶を呼び覚ますような機会を持ちました。松本竜助の追悼番組と横山ノックの死です。
 1984,5年の頃のことです。平日の午後(確か月曜日)、『ポップ対歌謡曲』なる30分番組を楽しみにしていたものです。出演者は司会・上岡竜太郎、明石家さんま、島田紳助と豪華な顔ぶれでした。本来はポップ側と歌謡曲側に分かれ、司会者が出す問題に正答した側のリクエスト曲をかけるのですが、タイトルとは裏腹に三人のフリートークに盛り上がり、終了時間間際に慌てて司会者が問題を出し、正解側の曲のイントロが申し訳程度に流れるような進行でした。時々は出演者が遅刻をしたり、穴を開けたりすることもありました。それについて、言い訳的な『芸人論』が番組内で語られ、『芸人とは時間や金銭にルーズで社会人として常識に欠けることがあっても、生き様が魅力的であればいい。』的な結論に落ち着いたように思います。そんなある日、番組開始時間に三人全員がいませんでした。ディレクターが出てきて謝罪をし、いつもは時間がなくてかからない歌が何曲も流されました。放送時間が終わる頃、上岡竜太郎が駆けつけました。翌週は冒頭から三人が揃って謝罪をし、「いくらなんでも調子に乗ってやりすぎてしまった・・・。」「上岡さんくらい時間通りにくると思ってた・・・。」「迷惑かけんように・・・。」と次回以降の番組運営の不安をなくすような発言が続けられました。しかしその後も、さんまや紳助が遅刻したり現れないことがありました。にもかかわらず、人気番組として関西では長く支持され続けました。
 松本竜助が亡くなって一年が経ちました。漫才コンビ『紳助・竜介』で一世風靡をした『竜介』はコンビ解散後『竜助』と改名、芸能活動で活躍する機会は激減し、転々と職を変え2006年4月1日に享年49歳で亡くなりました。コンビ解散後、島田紳助がタレントとしてはもちろん、事業家としても成功を収めたのとは対照的です。追悼番組で見る『紳助・竜介』の姿とネタには懐かしさを覚えました。毒のある、他人を傷つける笑いがありました。最近のお笑いブームに物足りなさを感じるのは歳をとったからではないと・・・。徹底的に他人を傷つけるのではないが、干渉したり茶化したりするのは幾ばくかの愛情、関心があってのことです。無関心ほど冷たい関係はないでしょう。
 漫才ブームの時には『紳助・竜介』はアイドル的存在でもあり、『ガキ帝國』なる映画に主演しています。内容はアイドル映画的に『紳助・竜介』がヒーローとして活躍するにとどまらず、大阪の暗部にもふれるもので若き日の『井筒和幸』が監督をつとめたこの映画は秀逸で必見です。
 『横山プリン』を知っている人はディープな関西人です。横山ノックの弟子で破天荒な破滅型の芸人です。横山ノックの死を伝えるニュース・情報番組などで彼の姿を見て懐かしくもあり、そんな形でしかメディアに登場しないことにさびしくもありといったところです。
 横山ノックはご存知の通りタレント業のかたわら国会議員を長く務め、その後大阪府知事にまで上りつめたものの、破廉恥事件で失職し、晩年は芸人としての活躍の場も寂しいものでした。咽頭がんにより声が出ないことの不安から復帰への希望も萎んでいたと聞くに至って、彼こそ面白く哀しい芸人の生き様を見せてくれたのだと思います。
 木材業界の大先輩が『昔はよくケンカがあったのに最近は見ないなあ。柳ヶ瀬はもちろん、仕事場でも・・・。酔っ払って肩がぶつかったり、飲み屋の席を譲る、譲らんとか・・・。仕事のやり方が気に入らん。騙しやがった。と、もめたら取っ組み合いのケンカになったものが、最近ではギリギリまで鬱積して『ブスッ』の世の中だからなあ。』と話してくれました。
 スマートに他人と距離を置くのが良しとされる社会の歪さを感じずにはいられません。『オレオレ詐欺』に大阪の人が引っ掛かりにくいというデータのニュースを聞いて、今なお20年以上前と同じ時間が大阪には流れているのではないかと気持ちはタイムスリップしました。
を取り消されたのは、イーホームズ社だけです。日本ERIを始め他い


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